「建築家の講義 レム・コールハース」
岸田省吾監訳、秋吉正雄訳、丸善刊
なんでこのような本を読むのかと言うと、建築学会の会誌3月号の特集が「レム・コールハース以降の建築理論」だったからです。フツウは、コールハウスの著書「錯乱のニューヨーク」のページをめくるのでしょうが、薄いこちらに手を出しました。
1991年にアメリカの大学で行われた講義の様子が納められています。1991というタイミングを出版していることに恐れ入りました。欧州統合はその直後に現実のものとなったからです。
ちなみに、ずっと前に記事にしたル・コルビュジエの講義は1942年に行われています。こちらは第二次世界大戦中の講義ということになります。
時代が大きく変化する直前に建築家たちが何を語ったのか?という記録でもあるのでしょう。コールハースは、そのことに自覚的に講義をしたようです。
コルビュジエとコールハースの共通点というと、建築家としての仕事だけでなく編集者あるいは出版者(こんな言い方があるのかな?)としての側面です。どちらの方も「言葉」を最大限に駆使し、自分の強力な武器にしているように感じます。「空間」が放つ力を知っていて、なおかつ「言葉」が放つ別の力も充分に知っている人たちだと感じます。
コールハースは講義の冒頭に「建築は危険な職業です」と言います。もちろん、労働基準局的な意味合いではありません。では、どいうことなのか?
それは、コールハースが何を言ったか、というところに答えはないと感じました。なぜなら、この本を読んだぼく自身が「危険」と感じているかどうかが問題だと思うからです。ぼくの場合は、自分の内面において、建築(を考える行為)は十分に危険です。身体と脳みそがバラバラになりそうに思うときがあるからです。疲れが溜まっただけかもしれませんけど。。。あるいは、風邪引いているときに仕事しようとするから?。。。
「ブックカバー」
春らしいカバーをつけました。去年のカレンダーの絵です。どこかの子どもが描いたものです。もっともコールハースに似つかわしくないかもしれません。しかし、ある見方をすると、もっとも似合っているかもしれません。
「伝承」
コールハースを終えて、今はカーンを読んでいます。コルビュジエ、カーン、コールハースは講義が行われた年代順に並んでいます。
ブックカバーは、カーンに伝承されました。どうでもいい話ですみません。しかし、自分のなかでは、なかなか面白い遊びです。たぶん、風邪引いて頭がぼおおとしているからでしょう。
今日は、もう寝たいです。
posted by KAZZ Satoh at 16:02|
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