「大学にて」
10月の終わりに大学に行く用事がありました。学生たちのユーモアを見つけました。
ぼくは大学に行ったことで何を学んだのかというと、たぶん構造主義的な考え方だろうと思います。建築系の学科なのですから、他にも様々なことを学んだのですが、一番影響が強かったのは構造主義的分析思考だと思います。
学科をあげて構造主義を勉強していた訳ではありません。たまたま巡り合った研究室が構造主義を齧らないといけない場所でした。どこまで何を理解したのか?そして、ぼくたちが集落調査をして分析したことが、果たして構造主義的なものなのか、まったく善く分らないまま、つまり自分を振り返る間もないままに四半世紀が過ぎていることを先日気づかされました。
ここのところ、朝日新聞も読売新聞もクロード・レヴィ=ストロースへの追悼記事を掲載しています。おそらく、他の新聞にも出ていることでしょう。レヴィ=ストロースはル・コルビュジエのような巨人のひとりです。
うちの本棚に、若気の至りを示すようにレヴィ=ストロースの著作が何冊かあります。開いてみると、挫折している形跡や、必要なところだけを読んでお終いになっている形跡や、まったく開いた痕跡がないと判断できるものばかりでした。
忌野清志郎の追悼ものも読まなければならないものがありますが(買ってしまっているので)、こちらも読まなければなりません。いろいろな意味での再スタートのためにも。

