「南部の漆を支えた人々 〜越前衆の軌跡〜」
工藤紘一著、川口印刷工業滑ァ
この本も盛岡駅下の本屋で見つけました。本のタイトルにある「越前衆」とは?彼らと南部の漆がどう関係あるのか?
「はじめに」を立ち読みしたら、今の福井県今立市あたりの方々が、江戸時代末期には岩手県二戸地方および青森県三戸地方に漆掻きに来ていたのではないか。と、ありました。
ぼくは驚くと共に、自分の縁を感じました。金沢に住んでいたとき、輪島塗の老舗が岩手県浄法寺町(現、二戸市)の漆畑と契約した話を聞いていたことや、今立の隣の池田町で仕事をしたことがあったからです。
それだけではありません。妹のダンナのお母さんの里が今立なのです。
ぼくの両親は、ともども岩手二戸地方なので、北陸は縁もゆかりもないと思っていました。
そうしたら、母の実家の近所の家の祖先は越前衆であることを、この本で知りました。また、父の里のほうにも越前衆と関係の深い方が何人もいることを知りました。
たぶん、出会うして出会ったのでしょう。知るべき時期にきたということなのでしょう。知ったから、次に何があるのか知りませんが、おそらく、やがて「漆」に関わる何かが訪れるのだろうと感じます。
最後になりましたが、この本の著者の工藤さんの筆致が、とても温かい。深い慈愛に満ちています。この本に巡り会えたことが、とても嬉しいです。



だから、本当をいうと、柏まつりでも行なわれるようなサンバパレードとか、よさこいなどは辞めた方がよいと思っています。
一つ一つのまちが、まず他のまちに対して尊敬の気持ちを持つこと。そしてそれらのまちで成功したものがあったら、安易に持ってくるのではなく、その成功に至った思考の過程や取り組みのノウハウを学んで、自分のまち独自のものを作ること。それが必要なように思います。
村おこしにおいてかつてあったようですが、ある自治体が「あしたば」を使った村おこしに成功した途端に、全国の自治体が真似て「あしたば」で村おこしを始めたそうです。結果として値崩れをおこしてしまったとか・・・。
僕も盛岡に住んでいたことがあるのですが、南部鉄とか南部漆とか・・・。たぶん江戸時代にはそれぞれの地域に特産といわれるものがあって、それらを必要とする地域の人は、そこからその製品を得ていたのでしょう。それがお互いさまだったので、そこに大規模な流通が発生していたように思います。
何でもある豊さから、これがある、そしてないものはそれがあるところから得ることができるへの転換。それでじゅうぶん豊かな気がします。
漆器、よいですよね。細かい細工では劣るかもしれませんが、僕は琉球漆器の朱色が、とても好きです。
ぼくは最近になって、「郷土史家」と呼ばれる方々の功績の重要性を感じています。
それは、中村順二美術館を知ったからでもありますが、地域の歴史を綴ることができるのは、地域に住む方々だと感じました。沼南の方々はとても豊かです。
「まちづくり」を考えるならば、その街を好きにならないといけないでしょう。そのためには、街に住む人々や行き交う人々との付き合いを深めないと、街の良さ/残念さなどに気づき難いでしょう。
小さな出来事に気がつくセンスがいかに大切なのか。この本で教わりました。
ぼくは「漆」と縁があるのかもしれません。そのことを大切にしたいと思います