2007年04月23日

まちのたね 070090 久しぶりの(柏市)

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「4月13日、金曜日のこと」

五十嵐正人さんの著書「三人暮らし」を手がかりに、久しぶりにBAO/BABB. が開かれました。テーマは「『仕事』『職業』を持って生きるということを考える」というものでした。発表者は20代半ばの女性でした。

ぼくが思ったことは、とにかく目の前のことをやるしかないだろう。五十嵐さんが言うように実践するしかないどろう。ということです。でも、これはぼくが40代半ばだから感じることでしょう。


では、自分が20代半ばのときはどうだったか?
 たぶん、「職業を持って生きる」という考えは、思いもつきませんでした。それは、学生の身分であったこと。それと共に、そんなこと考えるまでもない当たり前のことだと思っていたからです。
 そして、できることなら、自分がやりたいと思うことができればいいなあ、と願うだけでした。だいたい、自分が「何者(例えば、建築家)」かになることなども思っていませんでしたし、何者(例えば、ミュージシャン)かになれるかどうかも考えていませんでした。


13日の金曜日の前日、ぼくは自分が設計したお店で、農業を営む夫妻に、「一応、設計を生業(なりわい)にしていることになっていますが、自分自身の人生設計計画がないまま今に至っています。行き当たりばったり的にやってきました」というようなことを言っていました。

ですから、ぼくは哲学的なこと、計画的なこと、構築的なことから最も遠いところにいるのだと思います。なんとか生きていられれば御の字。と、子どもの頃から思っているからかもしれません。
 自営業の切実さと、恩恵の両方を見てきたからでしょう。こんなふうに思うのは。それ以上のことを望んでも、「自分に能力があるかどうか」というところに話が行き着いてしまいます。そして、その先には「霧の中」しか見えないのですよ。

一茶でも読んで、なんとかこの世を乗り切ろうと思っています。そう、芭蕉ではなく。
posted by KAZZ Satoh at 11:50| Comment(2) | TrackBack(0) | BAO/BABB. | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一茶って皮肉屋で、時には自らを笑いの対象にしてしまうようなイジケタところがあるのですが、そんな一茶が同行していいのでしょうか。

でも、万能ではない身の上、そういうところに親しみが持てるのかもしれませんが。
Posted by suginofarm at 2007年04月23日 21:25
一茶がすごいなあ、と思うのは、2万もの句を残している(あるいは残されてしまった)ことです。
 よくぞ創った。ということと、ヘッポコも残っちゃった。ということの両方に感嘆します。

一茶の身も蓋もない生き方に、逞しさを感じます。それと、芸術家に留まらない姿勢にも。
 「生きていること」そのものを句にするしかなかった人なのかもしれませんが、なんとなく憧憬の念を抱きます。
Posted by 佐藤K(KAZZ Satoh) at 2007年04月25日 06:56
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