2017年06月02日

まちづくり関連本、など 1358

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「倫理21」
柄谷行人著、平凡社ライブラリー、2003

実は2冊目です。先日、上野でのスケッチ演習がありましたが、その後の打ち上げで無くしました。挫折していたのを復活させて、もう少しで読み終わる。というところでした。仕方がありませんので、購入して読み終えることができました。いつ買ったのかも忘れています。しかし、おそらく10年以上経ってからの読破ということになります。

読み終えて分かったことは、自分がなにを分かっていないかということでした。著者が採りあげたテーマは「戦争責任」です。それを「倫理」という切り口から解明していくというものです。ただし、著者も書かれていますが、カッコに括った意味合いでの「倫理」です。一般的に用いられている感覚での意味合いとは異なることを、最初に述べています。哲学や思想の話に関わるときに、最も大事な姿勢であることを改めて理解しました。そして、自分が若いころにできなかったことのひとつです。カッコで括れた意味合いで語られることについていけなかったことが分かりました。

今回は、「分かる/分からない」をカッコに入れました。つまりは、分からなくても読破する。読み終えた後で分からなかったとしても良しとする、という姿勢です。それによって読破が敵いました。
 しかし、そのおかげで知りえたことがあります。海外から見た「戦争責任」の在り方は、国内だけをみた「共同幻想」の論理では解けていないということです。ここで著者は構造としての天皇制の話やドイツやイタリアでのことを比較します。
 また、マルクスを端とする共産主義についても語ります。それは、ロシア革命や中国でのこと、そして戦前から戦後での日本でのこと。日本で起きた「転向」と「非転向」にまつわる強度のことなどなど。難しい言葉を使わなくても分かるのは、獄中で耐えた人々に対しては敬意を払わない訳にはいかない感覚になるということです。しかし、著者は鋭くというか、厳しく詰めます。耐えて生き延びたことの凄さと、考えていたことのそうでもないことを分けて考えます。これが凄いと思いました。

昔に読んだ本を思い出しました。著者はマルクスのことを語っていましたが、「運動」や「革命」でのことと「マルクス」そのもののことを混同せずに分けて考えるというようなことを思い出しました。これを飛躍して考えると、宗教の在り方を考えるのに有効なのだろうと考えたことも思い出しました。

思ったより、いろいろと書けるものだと自分で感心しますが、これで終わりにします。この本を「今」読み終えたことは、おそらく自分にとって大事なことなのだろうと思います。
posted by KAZZ Satoh at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 関連モノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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