「人類と建築の歴史」
藤森照信著、ちくまプリマー新書012、筑摩書房刊、2005年5月
驚きました。6章からなりますが、4章までが所謂、古代から古事記くらいまで(日本で言うならば)。5章の表題が「青銅器時代から産業革命まで」。6章が、「二十世紀モダニズム」です。
5章だけで、2000年くらいの時間をすっ飛ばしています。普通の建築史でしたら、この期間が最も重要なはずです。
おかげで、自分のなかのモヤモヤとしてた霧が晴れました。藤森さんは書きます。「地母神が人をやさしく包む母のような内部を、太陽神が人の眼前にそびえる父のような外観をもたらし、ここに内外二つそろって、ついに人類は<建築>を手に入れた」と。
さらに、「住いは個々人のものだが、建築は個々人を超える神や社会のもので、その時代の人々の共同意識が作り出し、そして一たび作り出されるや、逆に人々の意識を組織化する」と書きます。
そもそも建築とは何か?藤森さんは、これを説きたかったのでしょう。建築を学校で学んだ人々の多くは、テーマが根源的すぎるので分かったつもりになっているか、分からないけど(分かる機会を失ったままだけど)無関心でいても差し支えない、と思っているかもしれないコトを確認したかったのではないでしょうか。
建築を哲学的に捉える(あるいは捉えなおす)試みは、現代ではどのくらいあるのでしょうか?ぼくは不勉強なので分かっていませんが、この本は、そのひとつなのでしょう。
この小さな本のおかげで、ぼくは建築の首根っこを掴んだような気になりました。もっとも、そんな簡単なものではないことは分かっているつもりです。でも、もしかしたら答えは、すごく分かりやすくこじんまりとしているような気がしないでもありません。
この本に書かれているものを掴んでおけば、ブレることはないかもしれません。所謂、玉(ぎょく)のようなものが、この本にあるような気がしました。
大袈裟でしょうか。そして、そんなこというのは安易すぎるでしょうか。たぶん、そうなのでしょう。

