「長い道」
こうの史代著、双葉社刊、2005年
これを古本屋でみつけました。
読後感は、なんだか靄につつまれたような感じです。杉浦日向子さんのマンガを読んだときに感じたような、暖かいのだけど、掴みようがなくて、身近なようで、限りなく遠いようで、ハッピーエンドのようで、実は重い日常が続いているようで・・・・リアルなようで、まったくの御伽噺のようで・・・・
たぶん、主人公の女性が孤高な人に思えるからでしょう。人と一緒にいるのがよいけど、いないことを受け止めてしまい、それなりに生きようとしてしまう姿が、やんわりとのしかかってきます。真綿で締め付けられるように切なさが大きくなっていきます。
こうのさんの本を本屋で見つけてしまわないようにしよう。なぜなら、また手にとってしまいそうだからです。
2年前のBAO/BABBのエントリでコメントしたいことがあったため、こちらのコメント欄をお借りします。
http://www.mizdesign.com/kashiwa/log/eid58.html
> 柏は、たとえば隣の我孫子と比べて、歴史がない、文化がないと評されます。
我孫子の人で「柏は歴史がない、文化がない」と誹謗中傷する輩が出てきたのは1990年代に入ってから急に、という印象があります。少なくとも1970〜1980年代は我孫子の人で偉ぶる物言いをする者を見聞きしたことがありません。
まず平均所得のデータから検証してみます。
1世帯当たり所得 1975−2001
http://web.archive.org/web/20060626144403re_/www.geocities.co.jp/WallStreet/9732/united_family_1975-2001.gif
納税義務者1人当たり所得 1970−2001
http://web.archive.org/web/20060626144908re_/www.geocities.co.jp/WallStreet/9732/united_taxpayor_1970-2001.gif
人口1人当たり所得 1975−2001
http://web.archive.org/web/20060626144819re_/www.geocities.co.jp/WallStreet/9732/united_personal_1975-2001.gif
上記の出典データで遡れる最古の1970年の平均所得は以下の通りです。
1970年 平均所得(千円)
左から、一世帯当たり・納税義務者一人当たり・人口一人当たり
735 684 239 荒川区
718 717 221 足立区
755 716 238 葛飾区
887 823 246 松戸市
959 884 260 柏市
969 861 253 流山市
904 811 226 我孫子市
772 663 160 沼南町
877 704 219 野田市
416 519 079 関宿町
709 713 258 江東区
827 739 281 墨田区
687 750 231 江戸川区
944 947 321 市川市
750 684 185 浦安町
815 842 262 船橋市
788 761 218 鎌ヶ谷町
866 811 257 習志野市
915 848 240 八千代市
886 807 251 千葉市
市川市の平均所得が非常に高いです。我孫子市もスコアは悪くありませんが、何と流山市・柏市はそのはるか上です。我孫子市が流山市・柏市の後を追うように平均所得を上げ流山市と県内トップ争いを演じるようになるのは1970年代中盤からです。
「昔は我孫子が柏より栄えていた」という主張も1990年代に入ってから散見されるので、こちらも検証します。
戦後の航空写真で両市街地の大きさを比べると、1947年の時点で柏市街は我孫子市街より大きく、1965年の時点では差がさらに拡がっています。
国土変遷アーカイブ
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/search.jsp
の
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/searchPhotoNo.jsp
より、
【1947年の柏・我孫子両市街 空中写真】
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewImage.do?WorkName=USA&CourseNo=M636-A-No1&PhotoNo=76
作業名 USA
コース番号 M636-A-No1
写真番号 76
【1965年の柏・我孫子両市街 空中写真】
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewImage.do?WorkName=MKT653X&CourseNo=C5&PhotoNo=2
作業名 MKT653X
コース番号 C5
写真番号 2
なお1947年は松戸・野田両市街の大きさが柏市街の2〜3倍はあります。
では戦前はどうだったのか。「我孫子の近代への本格的な出発は明治中期の常磐線開通に始まる。(略)それは町の隆盛の面で旧布佐と旧我孫子の地位の逆転をもたらした。」と我孫子市の公式市史でも書かれており、http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/15,473,c,html/473/shishi011.pdf
我孫子の商業隆盛は常磐線開通後でありそれ以前は布佐に及ばなかったことがわかります。小金と同程度だったのでしょう。当然ながら柏の商業隆盛は常磐線開通後から急激なものでしたので、「昔は我孫子が柏より栄えていた」と言って間違いでないのは明治後期までの話となります。
このように検証してみますと、我孫子の人は「白樺派が戦前の一時期居を構えた」ことを、ある時期から無意識に誇張してしまったと思われます。
武者小路実篤が『新しき村』を開設した毛呂山町の人々が、周辺自治体に対して「歴史がない、文化がない」と上から目線で見下すことは決してありません。当然、由緒ある高級住宅地であるとも言いません。なぜなら住民自身は白樺派文化の継承者ではないからです。
同様に、我孫子から白樺派が出て行ってから準高級化するまで30〜40年間の断絶がありますから、我孫子は白樺派文化の継承に失敗してしまい数十年の時を経て別のファクターにより平均所得を上げ文化・市民活動の隆盛が起きたと考えられます。
要するに、我孫子の心無い者により主張される「柏は歴史がない、文化がない」という言説は都市伝説、流言飛語の類です。BAO/BABBやKICの方々はこうした悪質なデマに逐次反論していくべきではないかな、と思うのですがいかがでしょう。
ありがとうございます。このようなコメントをいただける日がくるとは予想すらしておりませんでした。本当にありがとうございます。
松戸や我孫子、もしくは野田方面から聞こえてくる揶揄のようなものは、半分当っているのかもしれないけど、本当のところはどのようなものだろうか?どなたが、確証持って話されているのだろうか?と、いつも気になっています。
同時に、柏の人間のほうが、卑下しすぎているのではないかとも思っています。
ぼくは、何の因果か20代のころ、建築の視点での集落調査に参加したことがあります。国内外の幾つもの調査をしていて感じたのは、「歴史・文化がないのではなくて、歴史・文化と評価しない」だけのことだということです。
なまじっか文化人類学やら民俗学を参考書にして調査していましたから、人がある時間過ごしてきた場所には、当然のことながらそれなりの歴史と文化があるものだと実感しました。
ですから、揶揄される方々への理解を求める姿勢を持つこととともに、自らが自分達の歴史なり文化なりを再認識する姿勢と、これからを育む姿勢も必要だろうと思っています。
たまたまアートラインに関わることとなりましたので、それなりの歴史や文化を育む一助を担っているのだろう(その結果が善かろうと悪かろうとも)、と思いながら活動しています。
全国の商店街活性化に係る話に目をやると、復活できないところに共通の問題が潜んでいることが見えてきます。そのひとつが、なまじっか歴史をもつ地域です。そのことを誇りにするのはよいのですが、今を生きていないよう思われます。おそらく、自ずと沈没してくのだろうと感じました。
歴史は創っていかなければならないのだと思います。jpさんから頂いた話をアートラインの仲間に伝えたいと思います。そして、このような話を皆で共有しながら、活動していきたいと思います。
ありがとうございます。また、ときどきコメントをお寄せくだされば、幸いです。
おっしゃる通り、柏は「歴史・文化がないのではなくて、歴史・文化があると評価されない」のです。マァ、周辺の人々が妬んで評価しないのは仕方ありませんけど、柏は住民自身が卑下しすぎて「歴史・文化がない」と思い込んでいると思います。
たとえば鎌倉の歴史は800年余り、横浜の歴史は150年余ですが、鎌倉の人が「横浜は歴史・文化がない」と揶揄したところで横浜の人は全く動じません。150年余であれ自市の歩みを歴史・文化と評価しているからです。
柏の人が自市を「歴史・文化がない」と思い込んできた原因は、市教委や崙書房・柏市民新聞が発行する郷土史書籍が古代〜近世にやたら重点を置き、明治維新〜柏大火あたりは後付け、駅前再開発は下手をすれば触れていないからではないか?と思います。
私が4年前('04年5月1日)に書いたwikipedia - 柏市の歴史では、柏の始源を駅伝取締所設置(1881年)・千代田村成立(1889年)・柏駅開業(1896年)あたりとし、駅前再開発竣工(1973年)までを詳述する形としました。明治初期から前は“前史”として省略しています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%8F%E5%B8%82
4年経つので私や他の方が加筆修正していますが、文の基本構造に大きな変わりはありません。「一般市民の考える柏の歴史」としてマッチしたのだと思います。
柏を揶揄してくる人々は柏を妬んでいるだけなので、理解を求めても徒労に終わるでしょう。アートラインの他市在住の人にはこんな話を聞かされたら顔を真っ赤にする人もいそうですし、特に我孫子の人で柏を揶揄してくる人は各種データを示されたらプライドがズタズタになってしまうと思います。
まずは柏の人々が、この110年余〜120年余にわたる近現代の自市の歩みを歴史・文化として評価することが大切だと考えます。商工会議所やJCの方々でこうした意識を共有できれば、よその者が揶揄してきても怯まなくなるでしょうから。
歴史は長いに越したことはないと思いますし、歴史の長さは町の発展にプラスにもマイナスにもなりえると思います。しかし歴史を今を生きることからの現実逃避の道具にしてしまったら、おっしゃる通り自ずと沈没していくでしょう。
松戸や我孫子、もしくは野田方面については3年前('05年4月8日)に、かなり精神論が入ってますが書いた文章がありますので(http://kswdx.exblog.jp/153887/)ヒマなときにでも目を通してくれれば…と思います。「卑下から自意識過剰に転じたら柏も危ないぞ」というメッセージも含んでいます。
柏に歴史がない!と言われる方々は、富勢や増尾などの古くから農村があるエリアや、沼南町と合併されて柏市になった手賀沼南部の文化のことをどのように見ておられるのだろうか?と、いつも気にしています。
「柏の歴史」的な話ではなくて、今の柏を語る視点で、どのように見ておられるのか?という話です。
個人的には、柏市内の農村集落がもつ文化の在り様を知りたいと思っています。最近、手賀沼南部エリアのことが少し実感できてきたので、興味を持っています。
そちらの話も教えてください。よろしくお願いします。
農村集落が育んできた「豊かさ」とか「文化」は、都市が育んできたそれらと、どのように異なるのか?このような点についても、コメントいただければありがたいです。
一般論としてではなくて、柏における論考として頂けると嬉しいです。
柏に歴史がない!と言っている人々がどのように農村および農村文化を眺めているのか? ということを一般論としてではなく今の柏を語る視点・柏における論考として語れとおっしゃるので、推測だらけながら書いてみます。
まず敢えて一般論なんですが、都市は文化のインキュベーション・システム(孵化機構)であり、農村は都市から取り込んだ文化を伝統として持続させることはできても発展させていくことは苦手なようです。 昔は金持ちの在郷地主がいたりしましたが、少なくとも農村発の流行や前衛文化は皆無といっていいでしょう。 何千人、何万人が集住しないと新たな娯楽や文芸、学術は生まれないのかもしれません。
さて、柏に歴史がない!と言っている人の農村観は大きく分けて2種類あります。
一方は、田舎蔑視の人。 農村に文化なぞないと思っているわけです。これが多数派でしょう。
もう一方は、古きは新しきより美し・小さきは大きより美し・清く貧しきは富めるより美し・田舎は都会より美し…という風な、一種のイデオロギーを持った人です。 少数派ですが、彼らは声が大きいので以下詳述します。
彼らの中では田舎蔑視はご法度ですから、農村文化と都市文化を峻別した上で「柏に歴史がない!」と言います。 または「過去の農村文化を捨て去ったから卑劣だ」という言い方をしたりもします。 しかし元名主の寺島さんは江戸期から代々美術品を収集したりしていますので、これはとんでもない言いかがリです。
そもそもいきなり他の町のことを公然と「歴史がない、文化がない」と蔑む行為が品性下劣だと思います。 どこが文化的なのでしょう。 自己矛盾に気が付かないのでしょうね。
話は変わりますが、マクス・ヴェーバー研究で知られる大塚久雄は以下のようなことを著書で述べています。
「イングランドでは産業革命期に都市の新旧交代が起きた。 いわゆる『中世都市』が系譜的に、のち産業革命期になって大写しに現れてくる『近代都市』へとまったくと言ってよいほどつながっていない(例外はロンドンとブリストルくらいか)。
古い『中世都市』はギルド的自治特権を持つ都市であったが、これに対比して新興の『近代都市』はギルド的自治特権を持たぬ『農村都市』であった。 すなわちギルド組織の力の及ばない農村地帯で、村落であるものが、商工業の自由を武器に次第に『都市』へと成長した」
と。
日本では都市の新旧交代はあまり起きなかったとされていますが、少なくとも東葛地域では大塚久雄の言う都市の新旧交代が顕著な形であらわれたのではないかな? と思っています。