「JAZZMEN MEETS THE CHILDREN」
3月2日(木)、知的障害をもつ子どもたちのために放課後の学童保育を開いている方々が、JAZZMENを呼びました。
子どもたちにとって、おそらくなかなか体験できないことだったでしょう。それと同時に、JAZZMENたちにとっても、なかなか体験できないことだったようです。
「戸惑いは、むしろ、JAZZMENに・・・」
JAZZMENにとって、聴衆の反応がつかめないと演奏しにくいそうです。このような「場」で演奏する機会がないということは、子どもたちの反応のしかたについても慣れていないということです。
それでも、JAZZMENは新しいトライをしてくれました。子どもたちにフレーズを口ずさんでもらい、それを基にしてJAZZを立ち上げてくれたのです。
『分かりません』と『ありがとう』だったかな?これを基にJAZZができました。もう1曲は「カレーうどんの唄」でした。
新しい試みも、JAZZMENにとって、大変だったようです。でも、ぼくはこのとき、ベース奏者の存在感を改めて確認しました。
リーダー(ドラムス)が子どもたちからフレーズを聞き出します。それを、ピアノマンが「音」に置き換えます。それを繰り返します。そのうち、ベースマンが絡んできます。そして、そしてベースマンが楽曲を立ち上げ構築していきました。
ベースマンが、リズムとテンポをトリートメントしました。それが安定すると、ドラムとペット(トランペット)がベースに乗っかってきました。
ぼくの知人が、「JAZZ BANDにとって、ベースの良し悪しが一番大事」ということを、かつて言っていました。それを目の当たりにしました。
「JAZZMENの本当の戸惑いは・・・」
JAZZを演奏する側にとって、最大の問題は、「誰の前」で演奏するかではないそうです。「何処」で演奏するかだそうです。
今回のような体育館が一番やりにくいらしいです。では、体育館の何が演奏しにくいのでしょうか?
「音」の跳ね返りがないところです。自分達の演奏の「音」が自分達に戻ってこないと、次の「音」を出すときにインスパイアされないそうです。
いろいろな事情で演奏場所が決まるわけですから、BANDMENは、文句を言わずにどんな環境でも演奏します。野外だろうと、炎天下だろうと、洞窟のような地下のライブハウスだろうと、どこでも演奏します。
ですから、体育館は「やりにくい場所」のひとつだということであっても、また、このような場所で演奏する機会がやってくるでしょう。
「どちらの立場にもいない自分」
今回は、子どもたちがJAZZと出会う機会でした。それは、すなわち、JAZZMENが子どもたちに出会う機会だった訳です。それと、ぼくのような手伝いに行った人間が、彼ら(子どもたちとJAZZMEN)に出会う機会でした。
それぞれの事情を抱えながらも、楽しい出会いがあったようにぼくは感じました。それぞれの事情は、「次の機会」に恵まれたなら、そこで解決していけばいいことです。そういうことに気がついただけで、大収穫です。
おそらく、誰もが気がつくことから始まるのでしょう。
ぼくは、演奏者でもなければ、学童保育の関係者でもありません。ですから、それぞれの立場での感想は言えません。
そちらの立場にもいないという立場で気がついたことしか言えませんが、つまり「そういうこと」に気がつきました。でも、「そういう立場」だからこそ、できることがあるのだろうと、思います。
今後、ぼくのような人間がJAZZ LIVEの立ち上げから関わるとき、聴衆にとって聞きやすい「場」をつくることとともに、演奏者にとって演奏しやすい「場」を模索していけば良いです。
posted by KAZZ Satoh at 12:19|
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