2007年04月23日

まちのたね 070090 久しぶりの(柏市)

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「4月13日、金曜日のこと」

五十嵐正人さんの著書「三人暮らし」を手がかりに、久しぶりにBAO/BABB. が開かれました。テーマは「『仕事』『職業』を持って生きるということを考える」というものでした。発表者は20代半ばの女性でした。

ぼくが思ったことは、とにかく目の前のことをやるしかないだろう。五十嵐さんが言うように実践するしかないどろう。ということです。でも、これはぼくが40代半ばだから感じることでしょう。


では、自分が20代半ばのときはどうだったか?
 たぶん、「職業を持って生きる」という考えは、思いもつきませんでした。それは、学生の身分であったこと。それと共に、そんなこと考えるまでもない当たり前のことだと思っていたからです。
 そして、できることなら、自分がやりたいと思うことができればいいなあ、と願うだけでした。だいたい、自分が「何者(例えば、建築家)」かになることなども思っていませんでしたし、何者(例えば、ミュージシャン)かになれるかどうかも考えていませんでした。


13日の金曜日の前日、ぼくは自分が設計したお店で、農業を営む夫妻に、「一応、設計を生業(なりわい)にしていることになっていますが、自分自身の人生設計計画がないまま今に至っています。行き当たりばったり的にやってきました」というようなことを言っていました。

ですから、ぼくは哲学的なこと、計画的なこと、構築的なことから最も遠いところにいるのだと思います。なんとか生きていられれば御の字。と、子どもの頃から思っているからかもしれません。
 自営業の切実さと、恩恵の両方を見てきたからでしょう。こんなふうに思うのは。それ以上のことを望んでも、「自分に能力があるかどうか」というところに話が行き着いてしまいます。そして、その先には「霧の中」しか見えないのですよ。

一茶でも読んで、なんとかこの世を乗り切ろうと思っています。そう、芭蕉ではなく。
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2006年10月25日

まちのたね 060265 歌会第4夜(柏市)

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「BAO/BABB. 歌会 第4夜」

歌会第4夜は雨でした。10月24日(火)でした。翌日が給料日の人も少なくなかったかもしれません。


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「◎、○、△」

お題が決まっていて、それを詠うもの。お題がなく、自由に詠うもの。2首作るのですが、どちらのカテゴリーも◎、○、△をつけます。自分が「頂いた」ものに印をつけます。◎は3点。○は2点。△は1点です。

「頂く」は、句会で使われる言い回しだそうです。歌会では言わないようです。しかし、歌会に出席してくれる俳人が口にするので、我々も真似てみます。
 なんだか長屋の連中が見よう見真似で歌会をしているようで、楽しいです。落語の登場人物のようです。


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「今回は」

今回の「お題」は「自転車」でした。

そして、ぼくが作った題詠は

こんな唄「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」なんて今も忘れず

自由詠は、

昔から熟れた女が好きですとコクっているけどいくつ君いま

です。

題詠は見事に0点でした。「こんな唄」をほとんどの人が知らなかったからです。鍵カッコのなかの文章は、RCサクセションの初期の唄です。
 自由詠は4点でした。点数が低いことは、ある意味、意図しています。自分の感覚が、どれだけ他者に受け入れられないか?を知る手がかりでもありますから。

だからと言って、低い点数を狙っている訳ではありません。それでは天邪鬼です。点が高いことを好しとせず、歌を詠むというコトは自分にとってなんなのか?を優先しようと思っている結果がこれです。
 それはカラ元気でもなんでもなくて、仕方がないことです。つまり、ポピュラリティに欠けるのですよ。誰もが共感できるような作品を作ることが不得手なのです。そういうことです。
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2006年09月22日

まちのたね 060232 セッション第16夜

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「働く子どもたち・・・」

BAO/BABB. Session04 9月は、国際協力活動をされている木内さゆりさんが登場しました。タイトルは「働く子どもたち・・・インド バンガロールより」です。

まずは、働く子どもたちとは誰なのか?そして何処にどれだけいるのか?また、児童労働とは?何歳までの子どもを対象にするのか?などなどを教えてくれました。
 そして、もっとも児童労働が多いインドの実態を話してくれました。インドでは、農業の従事する子どもが大半を占めているそうですが、国際協力活動ではサービス業や鉱業、採石業などの労働に就いている子どもたちを支援しているそうです。
 それは、その子どもたちのほうが危険だからです。



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「ワークショップがありました」

さて問題です。どれが「薬」と書いてあるでしょう。どれが「水」で、どれが「毒」でしょう。識字できない人々の苦労を体験しようというものです。
 「薬」は砂糖水になっていました。「毒」は塩水です。「水」は水でしたが、それを飲んでみて実感しましたが、せめて字を読めないと身を守れません。

子どもの支援は学校づくりでもあるようです。もしくは、学校に行く機会づくりです。
 ぼくは10年以上前になりますが、タイ北部の山岳民族のための生徒寮づくりに関わったことがあります。そのときに子どもの里親にもなりました。今は自分の子どもの世話で精一杯で里親はしていませんが、木内さんの話はよく分かる気がしました。



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「木内さんは憂う。若いのに」

木内さんはステキな方でした。なにがステキかと言うと、国際協力のあり方そのものが抱えてしまう問題に真摯に向き合おうとしているように見えるからです。
 
教育の機会を与えることは大切なことだと思いますが、木内さんは教育とは主義主張を刷り込むことでもあることに気がついています。モノゴトをしっかりと捉えるために必要なテクニックとして識字率は高いほうがいいでしょうし、計算もできた方がいいでしょう。知識も豊富なほうがいいでしょう。
 でもそれとともに、国の思惑も刷り込まれます。教育とは、どうしてもそういうものだと思います。それは一概に悪いとは言えないと思います。ぼくは「そういうものだ」と思っています。「良い/悪い」または「正しい/正しくない」という価値観ではなく「そういうものだ」というものです。


木内さんの話を聞いていて、タイでのことを思い出しました。山岳民族は彼ら特有の文化があります。それが近代化された人々からすると、野蛮に見えたり貧しく見えたりするかもしれませんが、彼らはかれらなりの世界観を構築しています。
 これは当然のことです。これを当然と思えないのは、彼らの世界について無知であること、または自分達が優位にあると考えていることに無自覚だからかもしれません。

具体的な話でいうと、山岳民族の子どもたちに教育の機会を与えに街から山に入ってくる人たちのなかにキリスト教の人たちがいました。彼らは、日本人が教育と思っているものの他にキリスト教も教えます。
 子ども達ほど無自覚に吸収していきます。すると、その村の世界観は構築できなくなり、人は残るものの民族としてのアイデンティティーは崩壊します。ぼくは、これを目の前で見て、これが「教育」なんだと感じました。


でも、そういうことを含めても、教育を受ける機会が増えることがいいのかもしれません。いずれにせよ、それぞれの人が自分で考えなくてはいけないのでしょう。
 ぼくが日本に生まれたことは、どういうことなのか?のようなことも当然、ぼくは考えなければいけないのでしょう。木内さんの話を聞いて、昔のことを思い出してしまった後では。
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2006年09月15日

まちのたね 060223 サード歌会

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「『あはひ』と発音しないでね」

BAO/BABB. Session から派生した歌会が先週の金曜日(9月8日)、第3回目を終えました。凄いことです。

歌会の結社名は「あはひ」といいます。「あ」「は」「ひ」とそのまま読んではいけません。それでは、表層しか汲み取れない底の浅さを露呈してしまいます。これは、「あ」「わ」「い」と発声します。

歌会や句会をやる人たちの集まりを「結社」というそうです。しかしですね、手元にある「明解国語辞典(改訂版)」(昭和45年改訂版)によると、結社は「毎月の謝礼(授業料)」とあります。
 おっと、それは隣の「月謝」です。「結社」は、「多人数が共同の目的のために、団体を組織すること」とあります。つまり、「団体」よりは共同の目的意識が明確な集団だということでしょう。
 ちなみに、この辞典の編集代表は「金田一京助」(岩手県出身)です。



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「さて、歌会は?」

いやあ、今回も良かったです。いやあ、今回もやられました。まさか、あの人が、こんな瑞々しい少年のような歌を詠むとは!
 そして、まさかこの人が、この若さで、こんなにさわやかに、かつ美しく情感あふれる感想を述べるとは。しかも、どの歌に対しても。公正に。パワーが落ちることなく。

BAO/BABB. Session では捉えることのできない一面を知ることができました。これはとても幸せな時間のひとつです。

今回、ぼくが作ったものは、
「題詠:お題=いのち」 わがいのちどのうたにのせゆかそうかサッチモのやついやジミヘンか
「自由詠」 「死を想え」藤原新也は言うけれどとまどうばかり二十歳の夏は

ちなみに、その前に作ったものは、
「題詠:お題=浴衣」 「浴衣の君は芒の簪」って君の親父はよくモテたっけ
「自由詠」 目の前に座るこの人女かな男だろうか両方かもね

そんでもって、初めての歌会では、
「題詠:お題=携帯」 繋がりを求めて二人何時何処も携帯握る手は握らずに
「自由詠」 地上絵の浪漫に惹かれし子の瞳ミイラの黒目に見いられたまま
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2006年08月22日

まちのたね 060201 セッション第15夜

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「柏 de アート」

BAO/BABB. Session も第15夜を迎えました。今回は、アミュゼを飛び出しました。ここは、MONAOZOです。柏のカナリ面白いスペースです。

今回の講師役は水上さんですが、なかなかよい場所を選んでくれました。流石です。



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「MONAIZOの主より一言」

水上さんの計らいで、MONAIZOの主の一人であるM氏の話を伺うことが出来ました。彼はエンターティナーですので、敢えてマイクを使い説明したり、上手い具合に笑いを掴んだり。彼も流石です。

あっ、このブログではSession の内容についてしっかりと抑えることはしません。
 どのような内容だったかは、「柏を楽しむ@水上デザインオフィス」のブログ(http://mizdesign.com/mt/)を参照してください。また、近いうちに参加者による感想が「柏生活向上委員会」というブログ(http://www.mizdesign.com/kashiwa/)に載ります。併せて参照願います。



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「今回もっとも嬉しいことは」

今回は1次会と2次会が連続していました。ですから、半歳が途切れずビールが登場しました。真ん中は、ぼくが持ち込んだストレートティーです。左は、始まったときにMONAIZOから頂いたアイスコーヒーです。右は、ハイネケンです。リップが緑でお洒落です。

2次会で場所が移動してしまうと、どうしても話が続かなくなります。しかし、今回は連続しますし、ビールが勢いを増してくれました。いいですね。大好きです。こういうの。



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「さて、『柏 de アート』の行方は?」

いくらなんでも本題に触れない訳にはいきません。核心の話は、「柏にアートが根付くのか?柏がアートで盛り上がってほしいなあ」ということでした。
 さて、どうでしょう。水上さんはご自身の体験から、アートに必要なものとして「作り手、サポーター、鑑賞者(購入者)」とし、特に三番目が大事と言います。でも、柏はあまりにも東京に近すぎます。

そして、結論に「回遊する楽しさ」を挙げ、回遊する楽しさに磨きをかけつつ徐々にハードに移行することが望ましい、と言います。そのハードに「ギャラリーカフェ」を提示しました。


今回は、時間の都合からだと思いますが、「アートとは何ぞや?」という話はありませんでした。肝心な話ではありますが、そこに落ち込むと抜けられなくなります。ですから、水上さんが進めた展開には好感を持ちました。
 しかし、結局、話は肝心な部分に戻らざるをえないようにも思います。それは「アート」を提議する(別の言い方をすれば「正解」を探す)ことに力を注ぐのではなく、柏の人々が「アート」についてそれぞれも意見を語り合うというかたちで、肝心な部分を探していくことが大切なのだと感じました。

多くの人が日常の風景の中で、気負うことなく「アート」について話をするようになれば、たぶん「アートも用いたまちづくり」が成されるのだと思います。

水上さんは、事例として立川ファーレを紹介しました。「アートを活かしたまちづくり」をマジメに計画した例です。これを実現させたことは驚嘆に値します。
 しかし、立川市民や訪れた人々が「アートを楽しむ」ことが上手くできていかないと、ただの邪魔なものになってしまうのでしょう。

いやあ、個人的には、とてもありがたい講座でした。ありがとうございました。
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2006年08月18日

まちのたね 060195 セカンド歌会(流山市)

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「うっかりしていました」

8月8日(火)、BAO/BABB. Session から派生した歌会の2回目が開かれました。今回は主宰のお宅で開かれました。

写真は、今朝(8月18日)に撮ったものです。歌会で撮ったものではありません。なぜ、写真を忘れたかというと、遅れて参加したこと。レイソルの後半戦のスケジュールが載っているポスターを持参したこと。これらが少なからず影響しています。


で、歌会はどうだったかというと、ぼく自身の発見をしました。ぼくは、目の前の短歌からどれだけイメージできるか?ということに強い関心がありました。
 作者の気持ちを汲み取ることよりも、短歌が持ちえている風景のなかで自分がどれだけ楽しむことができるか、ということを一生懸命考えたのです。


次は、作者の気持ちを考えることをしてみようと思います。
 今晩は、BAO/BABB. Session04 が開かれます。いつものアミュゼ柏でなく、モナイゾで行われます。もうすぐだ。
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2006年07月29日

まちのたね 060162 セッション第14夜(柏市)

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「柏にプロフットサル?」

BAO/BABB. Session04 今回は、佐藤裕二くんです。7月21日に行われました。

いつもと違う会議室です。廊下から丸見えです。でも、不思議なもので、始まると廊下の向こうのことは気にならなくなります。見えていることすら、忘れています。不思議なものです。



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「2階から見る夜景」

2階からは、柏そごうの回るレストランを見上げることになります。
そうですね。どこの世界にも夜は訪れます。そして、朝が必ず来ます。



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「で、可能性はあるのか?」

佐藤くん(断っておきますが、親戚ではありません)はプロフットサルチームが柏にできるといいことが沢山ある。と、言いました。確かにあるでしょう。
 でも、彼がもっとも言いたかったことはフットサル人口が増えれば、私設もリーズナブルになる。と、言うことだったのではないでしょうか?ぼくは、そのことには賛成です。安く利用できれば、嬉しいかぎりです。

さて、ちょっとまてよ。でも、それならばプロチームがなくても、フットサルするアマチュアがべらぼうに増える作戦を別のかたちで展開することもできるはずです。また、柏レイソルにフットサルチームを持ってもらおうと思わなくても、いいかもしれません。

などなど、もっと掘り下げて考えるべきことがいくつも見つかりました。でも、このように考えてみることで、「柏のいろいろな限界」が見えてきます。同時に「柏のいろいろな可能性」も見えてきます。
 実現が早いと思われる話と、じっくり腰を据えて考える話、全く関係ないと思われる人々と連携するほうが効果ありそうな話、などなど見えてきました。


ぼくにとっては、とても面白い夜でした。「柏が何をできるのだろう?」と、柔らかく考えることができました。

なお、今回については柏生活向上委員会(http://www.mizdesign.com/kashiwa/log/eid59.html)を必ず参照して下さい。こちらを見逃していたら、たぶん「まちづくり」を考える上で大事なことを見過ごすことになるでしょう。と、思います。いいですか?Sマくん。Sガワくん。
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2006年07月08日

まちのたね 060141 初めての歌会(柏市)

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「長生きするものだ」

BAO/BABB. Session から「歌会」が派生しました。短歌をつくってみんなで感想を述べ合うのです。
 有志が集まって7月7日7時に始まりました。参加者は7人です。この絶妙すぎる7並び。さぞかし、空の上では織姫と彦星も驚いたことでしょう。でも、一年後、6月6日6時に歌会が開かれたら、地の底からOMENが甦りそうです。

まさか、自分が「歌会」なんぞに参加する日が来るなんて。想像すらできなかったことです。友人たちに誘われたことをいいことに首を突っ込んでみました。そうしたら、二首差し出すよう言われました。
 たぶん、ぼくは悪食なのでしょう。まあ、もともと「上手」にできる自信はありませんし、作ろうとする気持ちもありませんので、気楽です。

この会がとても良いのは、他の人の作品の「いいところ」を見つけて合評することです。鑑賞初心者には、そのほうがいいそうです。
 「いいところ」を見つける行為は、「正しい」ことを見つけるのではなく「自分の好きなもの」や「自分に合うもの」を見つけることだと実感しました。それを体感できたことは、とてもよかったです。


乱暴な言い方ですが、俳句や短歌は字数が決まっている分だけ、ぼくには作りやすいです。例えそれが「交通標語」のようになっても、最低限のかたちにはなります。「季語」やら「私性」などは、そのうちくっついてくるだろう、くらいに思ってやってみました。

どうやら、次回は8月に開かれるようです。「お題」が決まったら、また遊んでしまうのでしょう。目標とする地点は「交通標語よりは、少しばかり粋に」です。
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2006年06月25日

まちのたね 060125 セッション第13夜(柏市)

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「歴史はどこにでも存在する」

BAO/BABB. Session は昨年の6月にスタートしました。そして、今年の6月16日の回から2年目に入りました。
 今回から、新しいシリーズです。そのテーマは「私のイチオシ」です。そして、今回はぼくが担当しました。

今回の講師は関浦信一さんです。昭和31年に柏市民新聞を発行された方です。そして、戦後間もなくから半世紀を越える時間、柏の現代史を見つめてこられました。その関浦先生に柏の戦後史をお聞きし、我々が目の前にする柏の風景を新たな視点で見つめてみようというのが、今回の大きなテーマです。タイトルは「今だから聴こう。柏のその時」です。


関浦先生のお話を聴く前に、少し準備が必要だろうと思い、都市計画を専攻する学生に、明治以降の東葛エリアの地図を集めてもらいました。明治から昭和までの柏の移り変わりを強引でも地図で概観することで、すこしでも関浦先生の助けになるのではないかと思いました。
 上の写真は、地図が並んだところで撮りました。


関浦先生のお話を伺ううちに、ぼくたちが見過ごしてきたこと。あるいは、知らぬまま放置していたことが浮かび上がってきたように感じました。
 街はそこでの時間が積み重なれば、それなりの「モノ」や「コト」が積み重なっていきます。それは、そのときどきの様々な事情で紆余曲折しますが、それが街の魅力としてその土地に染み入るのだと、改めて思いました。
 そして、関浦先生のお話から、その染み入ったものはなかなか拭い去られるものではないこと、それを今後にどのように受け継いでいくのかが大切であることを教わったように思います。

最後に先生は、歴史は未来のためにある。だから歴史を知ることは大事なことだ。というようなことを言われました。
 自分が今住んでいる街の歴史を知るとき、先生が言われる言葉が身に染みます。


いろいろと至らない点、あるいはご迷惑をおかけした点があるにも関わらず、お話をしていただいたことに感謝の言葉で終わりたいと思います。
 関浦先生と先生と対談して頂いた藤田さま、本当にありがとうございました。
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2006年05月21日

まちのたね 060098 セッション第12夜(柏市)

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「住宅とまち」

Session03「可能性の柏」の最終夜は、水上さんによる柏の「住宅とまち」を考えるものでした。全編をパソコンとプロジェクターによる講義だったので、ほとんどの時間が真っ暗なまま進みました。

まずは、柏の気になる「まち」を紹介します。「柏ビレッジ」「ローレルヒルズ」「豊四季台団地」です。「柏ビレッジ」は、出来てから約25年の歳月が立ちますが、今でも外構の植栽は手入れが行き届いており「潤いのある街並み」が保全されています。

一方、そこまでの整備を決め付けなかった「ローレルヒルズ」は、今分譲中ですが、「柏ビレッジ」の開発のときにはテーマになりにくかった公園整備や集会施設が「まちづくり」のキーポイントのようです。

そして最後に「豊四季台団地」の建替え事業に、水上さんは注目します。約40年での建替えは、同潤会アパートが倍の年月生きながらえたことを思うと「早い」のか?それとも、時代の流れのなかで致し方ないことなのか?と提起しました。

どれも、水上さんが現地に赴き、写真を撮りました。そして、現地で考えてきたことを発表してくれました。この行動は素晴らしいものです。と、同時に、こういうことをしないでモノを語るわけにはいかないことを、改めて教えてもらいました。



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「まるで昔の写真のようですが」

水墨画のような雰囲気に写りましたが、これは現在の手賀沼です。ローレルヒルズは、地理的には手賀沼の近くにあります。

しかし、水上さんは発見しました。良くも悪くも、ローレルヒルズからは手賀沼がよく見えないことを。そして、手賀沼の景観は、我孫子から眺めた風景に重きを置かれていることを。旧沼南町側からみると、我孫子側の高層建築が幾つも目に付きます。

もっとも、ぼくが写した写真では、よく分かりません。



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「今回の話で、もっとも『いいな』と思ったところ」

水上さんは、柏のまちの様子をレポートした後は、ご自分が関わってこられた設計や建築について話してくれました。
 これは、「住まい手」と「創り手」のそれぞれの「視点」を同一の場で提示することで、双方の事情や考えを誰もが把握し、理解することが大切だと言うために提示されたものです。

「まち」ができるとき、そこには「利用者」がいれば、当然「建設者たち」がいます。そして、建築家と自称せずとも、真摯に建築を考える設計者ならば「創り手」として、何を提示できるのか?は、最も重要で大切なテーマです。

彼が手がけてきた幾つかのプロジェクトからは、そのことが伝わってきました。



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「明るくなる前に」

プロジェクターによる話の最後は、「豊四季台」の建替えを考えるために「表参道ヒルズ」と「同潤会アパート」について、でした。

彼は、表参道ヒルズを評価します。いくつも同潤会アパートの建替え事業のなかでは、もっとも同潤会がもっていた良さを継承した事例として。
 他の建替え事業は、同潤会の面影がほとんど無くなったそうです。しかし、表参道は違います。ケヤキ並木に面する空間(ヴォリューム)は、安藤忠雄さんの設計によって保全されました。彼は、それを評価します。

他にもいくつか評価していましたが、紙面の都合で割愛しますけど、今回集まった方々には「来訪者」としての新しいまちの評価と、「創り手」としての評価の両方ともに傾聴すべきものがあるということが伝わったのではないでしょうか。


実は、ぼくは、彼が「柏には、こんな住宅があるべきだ」のような話が出るような期待をしていました。しかし、今回は提示されませんでした。まあ、勝手に思っていたことです。
 でも、ですから、後々にBAO/BABB. の場で提示されることを、また勝手に期待しております。

本当は、もっともっと書かなければならないことがあるのですが、このへんで終わりにします。おそらく、別の角度で、若い建築系の学生たちが、どこかでかいてくれることを、またまた勝手に期待しながら。
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2006年04月23日

まちのたね 060073 セッション第11夜

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「今回はぼくの番」

4月21日(金)第11夜はぼくの番でした。タイトルは「ウラカシを探る(課題のまま)」そして、発表者は「佐藤和裕+若者たち」です。

上の写真は、アミュゼ柏5階から見える夕景です。左下手前に寺嶋駐車場。ほぼ真ん中の円盤のようなものは、柏市民ならお馴染みの「柏そごう」です。
 この写真を「風景」と見るか?「光景」と見るか?はたまた「景観」と見るか?人によって様々でしょう。ぼくは仕事柄、これらの言葉を使い分けます。

今回は、敢えて?いや、無謀にも「景観」を切り口にしました。



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「定番か?マンネリか?」

ぼくの当番のときは、壁面というかガラス面にベタベタ貼り付ける発表となっています。これを「定番」と取っていただけるか?いや、「マンネリだぜ!」と取られるか?

で、何が貼られているかと言うと、ウラカシのお店を撮影したものです。一応、ウラカシマップ2枚(まったり系とわいわい系)に紹介されている全123店のうち、丸井VAT館に入っている2店を除いた121店の店の外観を撮影しました。店だけの写真と、店がある街並みを撮った写真と、個別の特徴があるものを撮りました。(地下にある店もマップに載っていますが、一応、店の手がかりになるものを撮影しております)

大学や大学院で農村や漁村の集落の調査(日本国内だけでなく、韓国や台湾、タイの山岳民族の集落もやりました)をやってしまった過去がある故、少なくともウラカシ全店を見て回らないわけにはいきません。
 誰もそんなことを要望していないのですが、こうしないと、自分が始まらないのです。



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「見かけ倒す。とりあえず」

そして、勤めていた建築の設計事務所では、コンサルタント業務もやっていたものですから、全店歩き回った成果を地図に落とし込まないと、これまた気がすまない訳です。困ったものです。

いまだから言いますが、住宅地図を原寸大でコピーして貼り合せたのは、「なんか大仕事をしているみたいだな」と、思わせる仕掛けです。
 発表後の飲み会でmizdesign氏に「論旨に張ったり的な結論があっても良かったのに」と言われました。ぼくは大きな地図で張ったりを効かせることばかり考えていたので、内容のことまで頭が回りませんでした。

地図のこちら側に赤い太字のラインがありますが、あれは国道6号です。そして、最奥部に貼り合せていない地図がありますが、あれは柏レイソルのスタジアムがある日立台周辺です。
 もう、内容を深められる自信がないものですから、こんなサービスをして「時間よ、過ぎれ」とばかり考えていた訳でございます。昔、矢沢永吉は「時間よ、とまれ」と歌いましたが、そんなことを許してはいけないのです。


「若者たち」

キミの〜行くミチは〜、はてし〜なく、とおい〜。と、かつて、若者は歌われたものです。では、現代の21世紀の若者たちは、いかがでしょうか?柏に来る若者はウラカシの店に行くわけですから、当然、あの人たちのミチはウラミチです。そんなことを言っている場合ではありませんね。失礼しました。
 
とにかくですね。ウラカシが若者の文化ならば、柏を闊歩する若者がどのようにウラカシを感じているのか?聞かねばなりません。

ですから、前回からBAO/BABB. に登場した学生さんとフリーペーパーEn's の編集者たち(二人とも学生)に、「当日、コメントを求めるから、そのつもりで参加するように!」と言い含めて置きました。彼らは、いい仕事をしてくれました。その上、ウラカシマップにお店が出ている有金(仮称)さんも参加してくれたものだから、話に厚みが増しました。

さらに、建築設計の専門家はどう見ているのか?45歳のブンガクセイネンはどう感じているのか?大学の非常勤講師を再開した建築家に若者はどのように映るのか?などなど、「脱・若者」世代にも話をして頂きました。
 ある方が、ポスト・モダンについての話をしてくれました。「構築」/「脱構築」の話です。これは、ぼくが言いたかったことの「核」に迫るキーワードと言えます。一人で感謝しておりました。

まったくもって、他力本願的な展開です。

で、ぼくは、何を喋ったのだろう?それは、おそらくEn's と学生さんの若者たちがやがてまとめてくれるでしょう。


それとは別に、
「柏をたのしむ@水上デザインオフィス」(http://mizdesign.com/mt/
それと、
「柏生活向上委員会」(http://www.mizdesign.com/kashiwa/)を参照してください。

かなり正確に記述されているはずです。
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2006年03月20日

まちのたね 060050 セッション第10夜(柏市)

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「第10回記念に相応しく」

BAO/BABB. Session が10回目の夜を迎えました。今回のプレゼンターは、ミスター・言いだしっぺ(五十嵐さん)です。

彼は、なんと柏市の職員を引っ張ってきました。市役所が行っている出前講座をBAO/BABB. Session で行いました。

今回についての全体を総括したものは、「柏を楽しむ@水上デザインオフィス」(http://www.mizdesign.com/mt/archives/cat7/baobabb/index.html)をご覧ください。建築の設計に秀でている人は、レポート報告も優れています。ぼくのブログを読むよりは、あちらを読むことを勧めます。


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「何の話かというと」

つくばエクスプレスに絡む柏市北部地域の開発について、話を聞きました。おかげで、断片的に聞いていたことや、以前聞いていたのに頭から抜け落ちていたことがフォローされました。

柏市民は、出前講座をもっともっと活用するべきだろうと思いました。行政が開かれていない!と批判する声は絶えませんが、出前講座などを通じて市の方々と接触する機会をもつと、「閉鎖的!」という気持ちも薄らいできます。

市民側が「戦う姿勢」であったり、「批判する姿勢」で臨むのであれば、共通理解も芽生えにくいでしょう。
 実際、話をしてくれた市の方々は、決して高圧的な態度ではありませんし、我々の質問に対しても真摯に答えていただきました。

ぼくは、とても感謝しています。この機会を与えてくれたプレゼンターと、話をしてくれた市の方々に。できれば、会が終わったあとの飲み会にも参加してほしかったです。なかなか難しいところもあるでしょうが、「人と人のつながり」にまで発展すれば、もっと理解度が増すことでしょう。


BAO/BABB. Session に集まる方々はユニークです。何がユニークかというと、なるべく客観的にものごとを捉えようとする方々が多いことです。
 なんらかのかたちで柏市の行政に関わりがあったり、仕事柄あるいは活動上、「官」の内情を知っている方々が少なくないのですが、決して「場」は批判的に展開しません。むしろ、市の政策を理解する努力を参加者たちがしていたように感じました。

もし、質問時間が1時間もあれば、とても建設的な議論ができたに違いありません。そのような時間が累積していけば、官民協働はスムーズに行われるようになるだろうと、ぼくは感じました。
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2006年02月18日

まちのたね 060033 セッション第9夜(柏市)

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BAO/BABB. Session 第9夜は、小野寺さんです。修士論文を先取りして発表してもらおうという回でした・・・。

今回の話のテーマは『知的障害者の暮らしを「ひと」から考える』です。

彼女の論文のテーマは『知的障害者と地域社会の関係性を考察する』(仮)とのことです。この(仮)にひっかかりそうですが、スルーしていきましょう。


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ぼくは、自分の能力に限界を感じてしまったために、もはや「レポート」は諦めてしまっていることに、今、書いていて気がつきました。客観的な視点で「報告」できません。

それは、自分が終始論文で指定店抜刀、あら、もとい。自分が修士論文で七転八倒した経験があるからなのかもしれません。論文をまとめるために何か「結語」を見出さなければならないと彼女がもがいているように思えたのも、悦びに満ちていない自分の過去が闇夜の手賀沼から浮かび上がってきたからでしょう。


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セッション終了後は、いつもの「ちばや」へ移動しました。アミュゼ柏の光によって影になっているのは、セッションを終えた人々です。

ぼくは、彼女に「貴女がまとめようとしていることは、一生かけて解こうとしているテーマかもしれない。それならば、その『序論』として、終始論文をまとめてみたらどうだろうか。その次に書く論文は第1章になり、その次が第2章と位置づければいいのでは」ということを言ったような記憶があります。


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昨日は、手づくりのお菓子がでました。翌日、我が家の食卓で撮影しました。輪島塗の器に良く似合います。
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2006年01月22日

まちのたね 006017 セッション第8夜(柏市)

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BAO/BABB. Session も年を越しました。第8回目の夜は、柏駅西口そばにあるcafe line の有金さんが登場です。
 今回は、ぼくがコーディネート役だったので、その立場から書きます。参加者の立場で書かれたものは、「柏を楽しむ@水上デザインオフィス」(http://mizdesign.com/mt/)や「柏生活向上委員会」(http://www.mizdesign.com/kashiwa/)にアップされますので、そちらを参照願います。特に、有金さんがナニを語ったか?については、そちらのサイトのほうが分かりやすいことになるでしょう。


Session02の通しテーマは「東葛からの直送文化」です。
 柏と言えば、ストリートミュージシャンの街として認知されています。そして、柏では幾つかの音楽イベントも開催されており、また、幾つものライブハウスがあります。有金さんに講師役をお願いしたのは、柏での音楽イベントのスタッフとして関わっているだけでなく、ご自分の家のカフェで「なごみゅーじっく」というコンセプトでカフェに似合う音楽を模索しているからです。

写真の奥でノートパソコンに向かっているのが有金さんですが、彼は裏方に徹するタイプです。その哲学とシャイな性格ゆえ、今回の講師役の件を仲間内には話さなかったそうです。でも、それでは、仲間内は「水臭いぜ!」と思うものです。
 ぼくは、こっそり数人の方に案内を出しました。来てくれることまでは望めませんが、話題だけでも共有していきたいと、考えました。そうしたら、お二方が参加してくれました。講師役の驚く表情と緊張感が感じられました。ぼくは、こうやって、じわじわと彼の逃げ場を無くしていったのです。


今回、ぼくがコーディネーター役として試みたことは、講師役と聴衆が意見交換しながら展開していくやり方です。講師の話は聴衆にとって刺激的であることは予測できます。しかし、それだけでは面白さが増幅しない。であれば、「対話形式」的というパワーアンプを接続しようと、思いました。
 まさにセッション感覚です。みなさんのグルーブを講師が感じて、どのように化学変化が起きていくのか?有金さんは、タイミングよく皆さんに「好きな音楽はなんですか?」と振ります。図らずも、ぼくは「Q出し」を講師からもらいました。おかげで、講師と聴衆が造り上げるセッションの面白さを、ぼくは味わうことができました。あら、自己満足だったでしょうか?

今回は、歴代最長の予感です。

仕掛けのひとつとして、柏の街なかを紹介する冊子「En's」を皆さんに配りました。これは、ぼくがブログで紹介(http://sunnyside-farm.seesaa.net/article/11534396.html)したものです。なぜなら、レイソルの特集だけでなく柏の音楽シーンから飛び出したNAOTOというミュージシャンのインタビューが載っているからです。
 しかし、インタビュー記事が無かったとしても配るつもりでいました。こういうフリーペーパーも柏の音楽シーンをサポートするものの大事なひとつだからです。


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もうひとつ、仕掛けました。第4夜(http://sunnyside-farm.seesaa.net/article/7115686.html)のときと同じく、写真を貼りました。昨年、柏で様々な音楽イベントが開かれましたが、ぼくが写真に納めていたものをA3版にプリントアウトしました。
 これは会場の賑やかしの意味合いなのですが、有金さんが関係していないイベントもあります。コンクリート面の一番下の写真は、ぼくの次男が通っている幼稚園で行われたジャズライブです、その模様はブログに載せました(http://sunnyside-farm.seesaa.net/article/10607933.html)。
 そうしたら、とある事情により、そのジャズライブのプロデューサーの方が、今回、飛び入り参加しました。有金さんを驚かすことばかり考えていたぼくが驚かされました。


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有金さんの話が終われば、2次会はcafe line です。「なごみゅーじっく」をカフェで体感しないわけにはいきません。有金さんとお母さまの配慮で、セッティングは写真のごとくできています。
 今回も、講演は最後までたどり着けませんでした。ですから、今回こそは講師に2次会で結語を喋ってもらおうと思いました。しかし、彼の姿はありません。ジャズのプロデューサーと打合せをしているとのことです。
 なんと、cafe line でジャズライブが一つ実現することになりました。2月26日、生演奏を聴くことができます。

その後も店の給仕係として常連さんと談笑する有金さんでしたが、手が空いたところでcafe line で考えていく音楽シーンについて話をしてもらいました。なんとか、結語に辿り着きました。
 彼が「なごみゅーじっく」というコンセプトを提示するのも、彼の実家がカフェを営んでいるからです。そして、東京近郊という微妙な立地条件から離れられない立場としての覚悟と、
それゆえの可能性を彼が心に秘めていることを聞くことが出来ました。


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今回のぼくの企み(の本筋)は、柏の音楽シーンとcafe line の「なごみゅーじっく」を有金さんに「言語化」してもらおうというものでした。
 柏の音楽シーンについては、かなり引き出せたのではないでしょうか。でも、「なごみゅーじっく」は、カフェの壁に飾られたCDを紹介するべきでした。彼の想いは、一目瞭然です。
 ぼくは「言語化」の可能性ばかり模索していましたが、限界も当然にある訳です。
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2005年12月21日

まちのたね 000196 セッション第7夜(柏市)

今年最存のBAO/BABB. Session です。この会も7回目を迎えました。最後に「言い出しっぺ」が登場するのも、タイミングがいいというものです。
 7回というと、甲子園球場では黄色い風船が飛ぶものです。講師はレイソルのファンであると同時にタイガースのファンでもある五十嵐さんです。おそらくこの人は、「黄+黒」に反応してしまう遺伝子をもっているのでしょう。


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お題は「短説について」
 沢損の資料を配布しながら、話は進みます。資料の多さ、喋りのテンポの速さ、ブンガクを考える、ということで目を白黒造せながら(残念ながら黄黒にはなりません)ぼくはついていくのが精一杯でした。


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「短説」とは、とても平たく存ってしまうと原稿用紙2枚(800字)の「散文」です。800字の「小説」ではありません。原稿用紙2枚という限定空間のなかで展開する散文というものだそうです。
 これを始めたのは我孫子市在住の芦原修二さんという方です。だから「東葛圏の産直文化」という属位置づけがなされました。それを柏市在住の五十嵐さんが実践されているので、まさに「産直文化」に他ありません。

五十嵐造んは、「短説」を文学界にお造る「発明」だと言います。
 詩歌には「俳句」や「短歌」などの「定型」があります。しかし、「小説」や「随筆」などにはブンガクの型としての枚数制限はありません。編集者からの枚数制限はありますけど。「定型」という限定空間が、実は「散文」を豊かなものにし、「小説」が失ったものを回復できるのだそうです。


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これは、五十嵐造んが書かれた「短説」の冒頭です。これを参考例として挙げましたが、実はこれは「上手くいっていない」作品とのことです。どうしてかというと、これは短いだけで「小説」になりうるからだというのです。
 「小説」と「短説」は何が違がうのでしょうか?五十嵐さんは「神の視点」のあるなし、で区別します。そのために「走れメロス」(太宰治)を槍玉に挙げます。「メロスは激怒した」で始まるこの小説を、五十嵐さんはこき下ろします。なぜなら、どうしてその男が「メロス」と分かったのか?どうして「激怒」と限定して分かったのか?メロスの知り合いならともかく。

「小説」というのは枚数に制限がなく、ある長さをもつので、読者にいろいろと説明しなければなりません。登場人物の説明や、彼らの内面(感情)や、過去などを。そして、時代背景なども語らなければならないし、クライマックスまで用意しないといけないそうです。
 そうでないと、読者が分からないからだということだそうです。つまり、そうでない「小説」は読者にとって、とても不親切なものであり、つまらないものなのでしょう。「小説」はサービス精神旺盛でないと、「売れない」そうです。


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五十嵐造んは、「短説」は「小説」のような「説明」が要らない!と、言います。「俳句」や「短歌」のように、風景を「描写」するだけでいい!と、言います。こういうことができる「散文」だそうです。
 五十嵐さんはパソコンを持ってきて、携帯からインターネットに繋いで自分のサイトを開きます。そんなことが出来ることに、ぼくは関心してしまうのですが、画面には「短説」と「短説」の間に、両者をサポートする文章が添えられた作品が現れました。
 それは、北海道旅行のスナップを「写真」でなく「短説」で表現した旅行記でした。不思議なことをするものです。でも、新鮮です。

パソコンを持ってきたもう一つの理由は、画面に「800字」が収まってしまうことを照明するためでもありました。五十嵐さんは、こういう「短説の特質」は現代にマッチしていることを見抜きます。逆に「小説」をインターネットで読みにくい理由を照射します。


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そして、話はある意味、「現代文学批判」という域にたどり着きます。柄谷行人の本は面白くて刺激的ですが、ブンガクの知識がないと分からないことが多くて困っていました。しかし、このたび五十嵐さんが、その穴を埋めてくれました。
 その譬え話が、モミジの形に切った色紙と本当のモミジです。五十嵐さん曰く、「小説」は色紙のモミジで、「短説」「俳句」「短歌」などは本当のモミジだと言います。本当のモミジを描写すると、葉脈や色の微妙な変化や枯れ具合などを語ることになります。しかし、「小説」では「モミジとはこういうものです」と説明をしなければならないそうです。

長くなりましたので、〆に向かいます。途中をかなり省きます。
 では、五十嵐さんは我々にナニをせよ!と、訴えたかったのでしょう。それは、「君たちも『短説』を一度やってみませんか?生きている意味が変わりますよ」と、言うことでしょう。

そして、「読み手」だけの立場でブンガクに関わるのではなく、「俳句」や「短歌」の世界のように「書き手=読み手」の立場で遊びましょう!とも言いたかったのでしょう。
 だから、最後にワークショップ的なことをしましたが、時間切れ状態になりました。これは、宿題ですね。

今の世の中、「受け手」はあくまでも「受け手」のままが多くなりました。例えば、前回の杉野さんの「農業」の話にしても同じです。「作り手」の苦悩に無関心であり、それを想う想像力もなく、ただただ「受け手」に甘んじることになります。
 「演劇」「音楽」「文学」「絵画」「彫刻」「陶芸」「スポーツ」などなど、「鑑賞」こそすれ、自分が行うことのなんと少ないことか!近代以降、「演じる側」と「鑑賞する側」が身近でなくなっているように思います。「鑑賞者」たちは、もはや「お客様状態」です。せいぜい行っても「カルチャー教室」に留まるのでしょ造。もちろん、五十嵐さんは「教室」を開きたいのではありません。彼はブンガクシャなので、「書くことで生きよ!」と訴えるのです。

「鑑賞」ばかりするのが「消費者」というものだ。という意見もあるでしょう。しかし、だからと存言って「つくる側」と完全に疎遠になる必要もないはずです。
 姉歯さん関係の事件についても、どこか共通するような気がしながら、ぼくは五十嵐さんの話を聞いていました。勿論、姉歯さんを擁護するつもりはありません。ただ、世の中の状態を考えると、「起こり得ても不思議ではない」とも感じるのです。
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2005年11月21日

まちのたね 000176 セッション第6夜(柏市)

BAO/BABB. Seesion が、Session 02 となりました。
02の一発目は、手賀沼の南側から農業と谷津田の未来を見据える男・杉野光明さんです。
 いきなりですが、ぼくのブログを読むより杉野さんのサイト(http://www.geocities.jp/suginofarm/)を読むほうが、断然分かりが早いです。ですから、もう読んで頂かなくても構いません。


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写真の右はしの後姿の方が杉野さんです。今回は、いつもと違うアングルから撮影しました。

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Session 02 のテーマは「東葛からの産直文化」です。それを踏まえて、杉野さんは「柏のライフスタイルと農業」というテーマを引っさげて登場です。
 レジュメの初っ端に、「まちの将来像とはまちの価値をあげる『商品企画』」とあります。やられた!と、思いました。この時点で、ぼくはノックアウトです。最近、強く感じるようになっていたことが、冒頭から登場です。
 喩えて言うならば、RCサクセションのライブに行ったら、一発目が「雨上がりの夜空に」だったような感じです。えっ、喩えそのものが分かりませんか?


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杉野さんは農業を営んでいますが、学者的視点、役人的視点、都市計画コンサル的視点、親の立場的視点、「家」や「集落」を守る立場的視点など複眼の持ち主です。それを身軽に使い分けます。仮面ライダー的に言うならば、「恐怖のトンボ男」です。
 写真のポスターは「ごはん一杯」がどれだけ環境保全に貢献しているかを解説されたときに使われました。つまり、田んぼが農薬を使わないでいれば、「まち全体がビオトープ」になることも可能です。という話です。
 しかし、農薬を使わないということは、カメムシなど登場して欲しくないムシたちも無視できませんよ。という話でもあります。ぼくたちは、昭和30年代以前のタフさが要求されるのです。映画「ALWAYS」は、懐かしがる物語ではありません。タフさが残っていた時代の物語です。


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杉野さんは、手賀沼の南側の水系と谷津田と大師講のルートを白地図に落とし込んで提示してくれました。ピンクの一点鎖線は分水嶺です。一点鎖線から手前の川が手賀沼に流れ込んでいます。それに沿うように黄緑色に塗られているのが谷津田です。
 手賀沼周辺の集落は、谷津田にできたそうです。そして田んぼを造りました。高台には畑を造りました。谷津田と高台の間は斜面緑地として残りました。斜面に残された樹木群は、高台の土留めの役割や谷津田との境の湧き水保全や谷津田の防風など、様々な役割を担っています。
 この話は、以前「東葛まちづくり交流会」でのシンポジウムと連動します。我孫子市では、景観保全、地域の財産保全として斜面緑地を維持する努力をしています。柏市(元・沼南町)でも早急に保全を考える必要があるでしょう。大規模な住宅地開発が、このような視点を持って行われているのか、とても気になるところです。

もうひとつ注目すべきことは、手賀沼南側の水系エリアと大師講のルート範囲がぴったりと重なることです。つまり、水系と谷津田はこの地の人々の交流圏であることが分かります。文化圏が成立していたということです。
 「文化」とは立派なことをすることではありません。絵を描いたり、文章書いたり音楽したりダンスしたり演劇したから「文化」ではありません。人々の生き様そのものが「文化」です。その人の生活スタイルが「文化」です。

杉野さんは、柏にもそのような「文化」がしっかりと存在することを示してくれました。では、今に生きるぼくたちは、何をすべきなのでしょうか?


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元・沼南町の柳戸辺りの谷津田をまとめた写真集です。もしかすると、写真のような風景が失われているところもあるかもしれません。
 杉野さんは、農業的見地から「柏地域の可能性」として、幾つかの方策を提案しています。「家庭田園」「体験農園」「保安林」「谷津の保全」などキーワードを提示してくれました。

ぼくの立場で考えるならば、「柏的な住まい方」の検討でしょうか?
 ぼくが住んでいる三小通りには、まだ昭和30年代の宅地が残っています。農村集落からすると歴史は浅いですが、それでもかれこれ40、50年の歴史をもつ訳です。このような「新興」居住域ですが、それなりの屋敷構えの「型」があります。ぼくは、マジメに考えなければいけません。
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2005年10月23日

まちのたね 050163 セッション第5夜(柏市)

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BAO/BABB. Session 第5夜は、「仕事内容は一緒に遊ぶこと、そして友達作りのお手伝いをほんちょっとだけ。以上です」というタイトルで小野寺さんと佐藤くんが話をしてくれました。

彼らは特定非営利活動法人「はなまる」の職員です。そこは、知的障害児たちの養護学校帰宅後の放課後クラブです。「はなまる」でどのような活動をしているのか?という話をしてもらうつもりだったのですが、彼らは自分のことも話ししました。「なぜ、知的障害者関連の福祉の仕事を選んだのか」とか、「どのようなことを心がけて仕事をしているのか」などなどです。

Mizdesignさんに言わせると、BAO/BABB. は「五十嵐さんの愛によって成立している」とのことですが、まさに弟子たち(小野寺さんと佐藤くん)への眼差し、ツッコミ、ダメ出しを見ていると、「愛だなあ〜。しかも、暑苦しいほどの」と思いました。


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そのほとばしる「五十嵐の愛」は、二次会において滝のごとく溢れていたようです。それに対して、M氏が鋭い刃で五十嵐さんをズンバラリン。さらに返す刀で、ズバラバ。と、こちらも冴えわたっていたようです。斬られまくった五十嵐さんは、喜びの表情を讃えながら店を後にしました。
 写真は二次会の様子ですが、ぼくは五十嵐さんから遠い席にいたので「愛ほとばしる様」を写したものではないことを、お断り致します。

今回のちゃんとした感想は、「柏生活向上委員会」に載せますので、そちらも合わせて参照願います。これだけだと、ぼくがM氏に斬られて仕舞います。
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2005年09月20日

まちのたね 050147 セッション第4夜(柏市)

BAO/BABB. Session の第4回が、9月16日(金)に行われました。今回の講師は、ぼくの大学の研究室の先輩の照沼さんです。ネパールに3回行かれているので、ぜひ写真を見せてください。という多数の要望にお応えして、ぼくがプロデュースすることになりました。

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スライド写真の上映会で、いつも残念に思うことは、見た写真が全部過ぎ去ってしまうことです。ですから、今回は照沼さんにお願いして、A3のカラーコピーをいくつか持ってきてもらいました。本来ならばちゃんとしたプリントをすべきですが、カラーコピーの荒さがアジア的な雰囲気を助長してくれるかもしれない、と期待しました。

会場に入ったときからネパールの雰囲気を感じてもらいたいと思って、カラーコピーを貼りました。会場がガラス張りなので、かえって良かったです。


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勉強会の言い出しっぺの五十嵐さんは、会場設営を見ながら、「文化祭みたいでいいね。ワクワクしてきた」と、楽しそうでした。

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廊下から見ると、こんな具合です。ひとつ失敗だったのは、遅れてきた人に中の様子が分かりにくくなったことです。

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まずは、照沼さんにネパールがどんなところか説明してもらいました。どこそこ貼りまくっています。
 ネパールの雰囲気を少しでも醸し出すために、ラジカセでネパールの民族音楽をBGMに流しました。キングレコードが所蔵する世界民族音楽シリーズのものです。キングレコードは侮れません。


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スライドの上映が始まりました。左側がスライドです。右側がガラスに貼った写真です。

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スライドだけを撮るとこんな感じです。

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ガラスに貼った写真(カラーコピー)は、来場者にプレゼントされました。会場に早く着いた人から選ぶ権利を与えました。
 ぼくが選んだのは、上の1枚です。


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2次会の風景です。今回も「ちばや」でした。


照沼さんの写真は何度も見せてもらったことがありましたが、10年以上も前のことです。改めて見ると、写される相手としっかりと向き合うことをやっていることを思い知らされます。その粘りが大事だということを、教えられます。その姿勢は、仕事にも現れています。
 それと、写される人々への愛情が溢れていることにも、改めて驚かされます。ぼくは、あれほどまでに人を愛おしいと思えるのだろうか?と、考えました。

照沼さんは、日本人の皮を被ったガイジンなのかもしれません。
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2005年09月03日

まちのたね 050136 つつましく発信(柏市)

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柏インフォメーションセンター(柏丸井内3階)の掲示板に、BAO/BABB. Session のチラシを貼らせていただきました。

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掲示板の左側の真ん中のチラシが、BAO/BABB. Session です。うちのプリンターの都合上、カラー写真の部分がモノクロで印刷されています。

インフォメーションセンターの奥のほうには、チラシ等を置ける什器があります。しかし、こちらは有料スペースです。少しずつ輪が拡がるといいなあ、という考え方の発信事情です。
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2005年08月21日

まちのたね 050126 セッション第3夜(柏市)

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BAO/BABB. Session 01の第3夜が、8月19日(金)にありました。今回のテーマは、「裕子さん、小島、五十嵐の『集まって住む』」です。

しかし、第2夜で遣り残したことを、五十嵐さんの話の前に行いました。前回の講師役の水上さんが、50坪での2世帯居住の可能性を探りました。
 面白かったのは、コンパクトな間取りのほうが「美しい」と、多くの方が評価することです。近代建築のプランニングは意外に的を射ていたのかもしれません。

水上さんの話が今回設けられたことで、ようやく「住まい方」を考えるところまで辿りつけたように思いました。これがあったからこそ、五十嵐さんの「集まって住む」のあり方に潜む問題提起が実感できたのだと思います。

ジャンケンで決めた講義順でしたが、なぜか見事な順番構成になっていることに驚きます。そして、臨機応変に対応できるあたりが、まさにセッションです。


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そして、真打です。真打と言えば、こぶ平から正蔵に名前が変わったあの人を思い出します。さて、話芸の程はいかがでしょうか?

五十嵐さんは千葉のほうの大学で非常勤講師をしています。そのためか、緊張感はありません。時間との兼ね合いを測りながら、「福祉」という概念が(本当は、精神病、あるいは精神病院と人権、ジェンダー、フランスの思想家たちの根底に流れる「狂気」のとらまえかた、などなど)どのように変わってきたか、ということを短い時間で説明してくれました。
 そして、時間の都合でいきなり結論に向かい、「住民レベル」から始まる福祉対応、という理想あるいは、目標を掲げて幕を閉じました。

しかし、本番は2次会にあったのです。障害をもち五十嵐さんと小島さんと共同生活をしている裕子さんが、小島さんとともに参加しました。一緒にビールを飲みながら、ひと時を過ごしました。
 今回の講師の目論見を推測すると、能書きは会議室で。現実は居酒屋で。そして、見ろ。実感しろ。体感しろ。ということだったのでしょう。障害をもった人々と、彼らの家族でない人々(つまり当事者でない人々)が「共にいること。共に楽しむこと」これが、「福祉」の世界では、まだまだ「理想」であり「目標」なのかもしれません。
 それは、「福祉」に関わる方々の問題ではありません。ぼくたちの問題なのだと感じました。

「柏を楽しむ@水上デザインオフィス」のブログにも、セッション第3夜の記事が載っています。併せてご覧いただけるとありがたいです。
 水上さん、すみませんがトラックバックお願いします。
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